そばの実 一閑人 富士宮市内野
2017年 09月 10日
今回の修行のテーマは忍耐。
そこで供される蕎麦が旨いのかそうでもないか、
そんなことより、俗にどっぷり浸かった身には、もっと大切なことがある。
そう、早い・安いである。
所詮、蕎麦である。
ズルズルズルと搔っ込んだら仕舞いである。
でも、その前ににこの店には大切な修行が待っている。
それは、待つこと。
カテゴリーでくくったら、そりゃ外食でしょ。
だったら、客を待たせずに腹一杯にさせる、
なんてのは基本中の基本であるである。
待つ・・・
ちなみに、一緒に待っていたお兄さんは、
スマホのバッテリーがなくなってしまい、
インスタにあげる写真が撮れないと嘆いていた。
まあ、そのくらい待つ。
オイラ達の場合、
11時半の開店に合わせて11時40分くらいに店に着いた。
そこから、店に入るまでに2時間、
途中、麺がなくなったから、今日は終了の看板が出て、
外で待ってる一同、「うわッ」。
店内に案内され着席して、蕎麦がくるまでにさらに30分。
都合、大切な休日に2時間半、
ここの蕎麦屋には、それだけの待つ価値があるのか・・・
そう言うことを考えざるを得ない、
そのくらいの覚悟を持って来ないと、ここの蕎麦は食えない。
それまでして食うか、
帰ろうか待とうか自問自答である。
そう、修行である。
外で待つ時間の長かったことしかない。
お店にも客にも不幸である。
ここは外食というサービス業ではない。
寺の修行である。
旨いとかそうでないとかの前に「食」や「食欲」という
人の根源の欲求に訴求することを生業としている、
そんなことを、お店のひとには考えてもらいたい。
ここんちの蕎麦を食うには、覚悟して富士宮の山奥まで出掛けてほしい。
そばの実 一閑人
富士宮市内野1551‐42
TEL;0544‐54‐0507
11:30~14:00、17:00~20:00
火曜休
せいろ2枚に小料理(豚タン鍬焼き)で¥2,600也。
いくら涼しい夏とはいえ苦手です。
すこし死んでいましたが、生き返ってきました。
先日のだぎんさんちのサンマが忘れられないので
群馬の市場まで買い物ドライブにいくつもりです。
今日の蕎麦は、ゆで太郎でいいや
ところで、うんちく蕎麦屋は嫌いなので
究極の蕎麦が食べたいときは一升瓶提げて
秩父の山奥にいるボーイフレンドに逢いにゆきます。
蕎麦屋に頼まれて蕎麦を栽培してるけど
それよりうまい
自分のためにだけ栽培してる蕎麦があるので
それで蕎麦を打ってもらいます。
最後の食べた時、彼はもう傘寿なんか
とっくに過ぎていたから・・・
生きてるかなぁ?
△
(´・ω・)
( U U
)ノ
<⌒/ヽ-、__
/<_/____/
 ̄
読んでいるうちに、長野の親子丼を食べに行った時の事を思い出しました。
お店について出るまで約3時間、まさかそれほど掛かるとは思わないのと、そこが目的なのと、ここまで待ったんだからと途中で諦めきれない気持ちが交錯したのを。
本当に、こうやって待ったことしか印象に残りません(笑)
夫に一閑人行こうかと言うと、待つから嫌とやはり言われます。
久しぶり、タイ!
お~生き返りましたか、それはめで、タイ。
ひょろっと思いついたんですが、
焼き秋刀魚を蕎麦にのっけて食うってのはどうでしょう。
やっぱ、食べずらいですね。
やめとこ。
ところで、秩父の蕎麦農家、生存してましたか。
気楽に美味しい蕎麦、食い、タイよな。
こういうの、タイミングなんですよね。
ちょうど、最初の客で席が埋まったところに着いて、
だから、我々より30、40分遅く来た客と、
店内に案内されるタイミングがほぼ同じだったり。
お店の人たちは、それこそ忙しく立ち働いていたし、
ん~難しいですよね。